あるひとつの愛の日々
【あるひとつの愛の日々】 2
父は芸術的感性のスケールが大きい男だった
情熱的で
感情的で
喜びも悲しみも怒りも全ての表現が激しくて
全身全霊で
笑い
怒り
悩み
『生きる』ということに対して
こんなにも生身になれるものかというほどに、
自己と向き合い続けていた人だったと思う。
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父の激情の魂は
ともすると、全てに対して脅威的な執着へ変貌していったように思う。
時が経つにつれ
心の膿が滲み出るかの如く
神経過敏になり、眼の色が変わっていった。
父の足音が遠くから聞こえただけで、
家族全員が震え上がる殺気を
全身から醸し出していった。
年々父の心に重く襲いかかっていったのであろう不安や強迫観念、
自己否定による精神崩壊は
幼少期の父が体験した
[未熟な心のままの親に育てられてしまった]
ことが大いなる要因だった。
未成熟な人間による子育ては、
なんと罪深いものか。
本人だけでなく、次世代にも、社会にも、負の影響を及ぼすのだ。
その幼少期を過ごした父の心の闇は深く深く、
年月を経て
自ら創った大事な家族に対してついに爆発した。
芸術的感性の強い才能は、妄想や幻聴となり
愛の激しさは、要求と執着、暴力となり
自己肯定感の欠落は狂気となって
父の精神を完全に崩壊させてしまった。
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そんな父を私はどう見ていたかというと、
子供というのは健気なものである。
それでも親の幸せを願うのだ。
子供の私は
理屈を抜きに、なぜ父がこうなってしまっているのか?
父の哀しみや弱さを敏感に感じとっていて
何時間も罵声を浴びせられ
鼓膜が麻痺するほど殴られ続けても
庭の地面に胸から叩きつけられ
呼吸ができなくなりながらも
(どうか、これ以上狂わないで)
と
願っていた
私は父のことを好きでいたかった。
恐怖が勝って当時はそれを自覚出来なかったけれど。
父の心の奥底で
私は愛されていることを知っていたからである。