【あるひとつの愛の日々】 全13話
【あるひとつの愛の日々】 4
父はとてつもなくロマンチストだった
実家といえば古い荒屋の日本家屋で
部屋という部屋の壁全部が天井まで届く背の高い本棚で埋め尽くされていた。
何千冊があったのだろう。
膨大な量の文学作品や辞書や絵画の書物に囲まれて
(地震がきたら、一発でこの膨大な本の下敷きで死ぬだろう)
と、
麓で布団に入って寝ていた私は
狭い天井を見つめながらよく思っていた。
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その本の中に、
現在私がよく手にする
三島由紀夫、太宰治、芥川龍之介、宮沢賢治、夏目漱石…
あらゆる作家の本があった。
父が母にプロポーズした時には
長文の小説を書いてよこしたのだそう。
そして
飛び降りる前にも
最後のラブレターが母宛に届いていたらしい。
母は内容を教えてくれなかったが
最後の一文に、
【グッド・バイ】
と書かれていたと言った。
その時
母は、父は死ぬつもりだと確信したそう。
そう、
【グッド・バイ】は
太宰治が入水自殺する前の絶筆のタイトルだからだ。
呆れるほどナルシストである。
その話を聞いたときには
小学生の私はポカンとしてしまった。
(自分の面倒くらい自分で始末つけろよ)
とまで思っていた。
そして後に、
意味もわからず太宰の【グッド・バイ】を眺めながら
『ふざけんな…』
と呟いていた。