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【あるひとつの愛の日々】 全13話

【あるひとつの愛の日々】 7

田舎ののどかな精神病院に移送されていた父は
相変わらず童子のままで

ほとんど、記憶もない。
言葉も、ほとんど喋れない。

面会室で待つド派手な私は

威嚇参上したくせに

父が背後のドアから入ってきた気配を感じた瞬間、

反射的に
全身が硬直していた。

私の横に足を引きずる音を立てながらヨチヨチ歩いてきた父は
しばらく私を不思議そうに眺めてから、

『よ、よしこ…か…? か、か、変わったな…』

と言った。

記憶喪失の中で、
私のことは何故か解ったらしい。 

………………………………………………

そこで何を話したかというと、

・あなたには子供が3人いる

・母も含めて、家族全員が苦しんだ

・これからは兄妹3人で父さんを面倒みるから

・母さんと離婚して、母さんを自由にしてあげてほしい

これを伝えに行った。

神妙に話す私の前で
父は時たま口元を震わせながら
記憶が追いつかず、話が理解できないもどかしさを感じていたようだ。

私は必死で
父の眼から視線を外さなかった。

父の口元や指一本が微かに動くだけで
あの狂気と殺気が甦ってくる。

身体がすくむのを
親指をぎゅっと握りしめながら耐えた。

そして、1番伝えたい、
『母さんと離婚してほしい』
と伝えた瞬間、

間髪おかずに、父は

『やだ』

と言ったのだ。

記憶のない、憶えのない父は
本能的に言った。

これにはもう
…笑うしかなかった

………………………………………………

その後、どう話を締めて
病院を出たか忘れたけれど

話した内容を超えて

私にとっては
自立し、大見得きって堂々と逢いに行ける程に成長した自分の存在を

父に見せに行けた

思い出深い1日だった。

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