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【あるひとつの愛の日々】 全13話

【あるひとつの愛の日々】 9

そして父は
あの日飛び降りてから15年の年月を経て
亡くなった。

危篤と連絡を受けた日から
私は寝る間もなかった仕事スケジュールを2週間空け

父の病室に座っていた。

後悔したくなかった。

父は人工呼吸器をつけて
意識朦朧とただ横たわっていて

私はたまに父の顔を拭いたりしながら
ぼんやり横に座っていた。

時間で母と交換したが
結構、私がそこに居たとおもう。

………………………………………………

この2週間の間に
私と父だけが知る
父との最期の会話があった。

ベッドの上では
喋ることも何かを考えることもできなくなっている父が
苦しそうに痰を吐き出していた。

私は呼吸器のマスクを少しだけ持ち上げて
汚れた口元を拭いていた
その時、

僅かに顔を右に振り
私の眼を見た父は

呼吸器の窓を曇らせながら
やっとの思いで口をパクパク動かして

掠れた喉と

震わせた口元から

この言葉を振り絞った。

『ありがとう…』

その眼からは一粒の涙がつたっていた

これが
私と父の
最期の心の交流だった

………………………………………………

なぜか生命力の強い父は
その2週間では逝かず、

後日、私が名古屋方面へ出張へ出ている時に
仕事先の会場の事務所受付宛に
亡くなったことの連絡がきた。

まだ名古屋での仕事が2〜3日残っていた私は

その時にも
誰にも気付かれぬように

『私は仕事終えてから帰るから(葬儀は)先にやってください』
と電話口で伝え、

何食わぬ顔をして
笑って仕事を続けた。

この日が
10月13日
本当の命日である。

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