【あるひとつの愛の日々】 全13話
【あるひとつの愛の日々】 11
その後の話しだが
心の成熟に至る中で
もう一つ興味深いことがあった。
27歳の頃
猛烈に仕事に打ち込んでいた私の胸には
違和感が立ち込めていた。
無我夢中に作り上げた会社組織と自分の立ち位置に
本当の自分との乖離が生じていることに気がついていた。
人々からの高い讃美や評価が聴こえてくる度に
(これじゃない、ここで褒めないでくれ…)
自分の実力は自分が一番解っていた。
『もう一度、背伸び無しで
ゼロから本当の自分が求める人生を創り直してみたい』
そう思い始めてから、
2年ほどかけてその頃の仕事や役割を後輩達や周りの大人達に引き継ぎ、
29歳で全ての肩書きを置いて
東京に拠点を移し
一人で、独立した。
もちろん暇ができて、
3年間は、ご褒美のような日々だった。
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一人東京で持て余す幸せな時間は
それまで味わえなかった
遊びや趣味や新たな人間関係に恵まれた。
同時にその頃から
デッサン絵画を描き始めていた
そんなある日の夜、
自宅で裸婦のデッサンを描いている時に
脈絡もなく、父の人生を思い起こしていた
裸婦を描きながら
自分の裸の心にも向き合っていたのかもしれない
突然、その時、
父への怒りが湧き上がってきたのだ。
自分でも驚いたが
心のままに抵抗しないでみると
こう心が叫んでいた
『なんで!!一人で勝手に生きて死んでんだよ!!
お前のせいだ、バカヤロウ…全部お前のせいだ、
お前が死んでからも、どんだけ苦しかったか解るか?
ふざけんな、全部お前のせいだ!!…』
すごい勢いで父への罵声が湧き上がってきた。
自分でも唐突に起きた感情にびっくりしながらも
長年、涙が出なかったはずの私は
洪水のように溢れる涙と共に
部屋で一人、声を上げて泣いていた。
何故か
心が澄んでゆく気配を感じながら。
………………………………………………
その夜は
私と父との間で起こった
本当の救いの瞬間だったように思う。
【憎しみを超えた先には本当の愛がある】
30歳の私に伝えられた
父からの最期の学びであり、
父からの愛の贈り物だった。
泣いてぐしゃぐしゃになった私の身体全身には
もう、
父への愛と感謝しか
残っていなかった。
背伸びして勢いだけで明るく生き進んできた私が、
唯一取りこぼしていた
『憎む』
という感情のピースが
ついに埋まったのだ。